真言宗 共生庵

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変化と体験

馬頭観音様を信仰し、お祀りするようになってからは、動物との距離感が縮まったと感じます。

仲良くなる、というより、我々と同じ「生き物」という感覚、目線が合うという感覚が、より鮮明になったというイメージです。

 

私は霊感の類は持ち合わせていません。

見える訳でも、聞こえる訳でもありません。

 

また、アニマルコミュニケーターのように、動物たちが何を言ってるのかも分かりません。

 

しかし、何となく「こういう気持ちなのかな」と感じられるときがあります。

 

以前に、亡くなられた動物(猫)の供養をしたときのこと。

施主さんは、普段から馬頭観音様にご祈願を続けている方でした。

ずっと闘病していた猫が息を引き取り、供養をしてほしいと連絡がありました。

 

亡くなられている状態ですが、その子から警戒感を抱かれてるような感覚を覚えました。

生前は、極度の人見知りだったとお話を伺っていたので、そう感じるだけかもと考えていたのですが、拝んでいる間に徐々に空気が緩んできて、馬頭観音様にお取次ぎする場面でスッと穏やかな空気に変わりました。

 

供養のあと、そのお話をしていると、施主さんも私と同じ感覚を覚え、「きっと、馬頭観音様に導かれて逝けたんだ」と実感されたそうです。

それもあって、猫を亡くした悲しみからも立ち直りが早かったと後に話されていました。

 

馬頭観音様が、亡くなられた猫も施主さんも同時にお救いになったのでしょう。

有り難い存在です。