真言宗 共生庵

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パワーアップ出来る力

功徳の力と、如来の力と、行者(僧侶)の法力が揃って色々な作用が起こるのが密教の修法。

 

祈祷や供養もこの3つが重要。

 

如来の力はこの世の理そのものの持つ力なので、常に莫大な量が見えないだけで眼の前にあります。

 

功徳は行者のものと、祈願主のものとがあります。

これは常に一定ではなく、パワーアップを図れるものです。

 

例えば日々の参拝も、善行も、掃除も、全て徳を積める行為。

やればやるほどパワーアップします。

 

功徳を積んで「功徳力」が無いと、祈願は殆ど効果を為さない。

 

これは行者も同じく。

行者は功徳の力を法力に換えて仏様と感応します。

 

つまり、ベースになってるのは功徳の力。

とても大切です。

 

以前にも書きましたが、善行は意外に難しい。

「良い行いをして徳を積もう」とか、「良い事をすれば見返りがあるかも」などの「下心」が出てきます。

 

はじめはそれで仕方ない。

やってる内に「当たり前の行動」になればいい。

長い時間がかかると思いますが、とにかく反復するだけです。

 

意味がないのでは…と、迷うことも出てくるでしょうが、必ず良い結果に繋がると私は断言します。

心のこもった行い

今日お供え物交換をしました。

 

ここのところ、他のお寺のお手伝いとはいえ収入が予定してた以上にありました。

以前に書いたように、仏事で得た収入は仏事で返すことが基本。

 

なので、御礼の意味も込めて少しお供え物のグレードアップ。

お金をかけて揃えました。

鎮宅霊符神様やお稲荷様にお供えするお酒も、清酒から純米酒などに交換しました。

やはり、空気が違う。

喜んでくださっているのが分かります。

 

こういうことは、心からやりたいと思わないならやめたほうがいい。

「勿体ないなぁ」と思うならやらない方が良い。

 

お賽銭も同じです。

「このお金…勿体ない」と思うなら、勿体ないと思わないでいい金額にすればいい。

 

気持ちのこもってない行為にはあまり意味がありません。

 

少額でも心から「有難い」と思ってお供え出来るなら、その方が余程気持ちいいと思います。

魔には、外から来るものや、内から湧くものがあります。

 

般若心経の「度一切苦厄」は、まさにことのことを語っています。

 

苦とは、「自分の内から生まれる『感情』や『心の動き』」です。

 

厄とは、「外から来る災い」です。

厄により苦が生まれますし、苦が厄を招くこともあります。

 

魔を祓うのに最も有効なのは、やはり内観。

 

起こった現象と、心の動きを切り離して観察します。

 

「〇〇という現象が起こった」

「それを見て不快になった」

「結果、私は腹を立てている」

 

この3つは本来別のもの。

現象に対して、心が動いて、感情になっただけ。

 

全部1つの流れではなく、区切って考えると楽になります。

花粉症

西日本では花粉が飛び始めています。

 

私は極度の花粉症。

毎年この時期は目の痒みと、鼻詰まりで大変苦しみます。

薬が効きにくいようで、あらゆる薬を飲んでも毎年同じ結果。

 

一番つらいのは、夜中に鼻水が溢れて「溺れる」こと。

鼻詰まりで息が出来ないのではなく、水の中にいるように溺れるのです。

また、空洞に流れ込むのか、副鼻腔の方にも鼻水が入り込み、夜中に激痛と溺れる苦しみで目覚めます。

 

これはなかなか重症の部類だと思います。

 

昨日から予兆が見られます。

 

症状などは百歩譲って我慢しますが…お経が唱えられなくなるのは困る。

鼻が詰まると「ん」が出せなくなるのです。

 

早く体に合う薬に出逢いたいものです。

仏事で返ってくる

仏事で得た収入は、私欲に使わない方が良いと言われます。

例えば、20万円得たら5万円は貯金したとしても、残りの15万円は「お寺(仏様)の為」に使う方が良い。

 

確かにそういう考え方でしたら、仏様も喜ぶし執着も捨てられて良いでしょう。

更にお寺も発展するでしょう。

 

また、仏事に使ったお金は仏事で返ってくるとも言われます。

なので、仏事に使うお金は惜しまないで良い。

 

これは、経験上確かにそうだと思います。

今日使って明日返ってくる訳ではありませんが、気が付けば「あれ?いつの間に…そういえば…」という感じで返ってきています。

 

「共生庵さんは仏様に愛されてますね」

僧侶の友人からそう言われましたが、自惚れではなく確かにそうかもしれない。

仏様にも、色々な人にも支えられて、おかげさまで何とかここまでやってこれています。

憑依②

今日は憑依体質の方とお話していました。

 

人格が変わるレベルの憑依ではありませんが、軽く体調を崩します。

 

人や動物の気に敏感なようです。

 

セルフケア出来る方法をお授けしました。

1つは、当庵でお渡ししている清めのお塩をお風呂に入れるだけの簡単な方法。

 

もう1つは、首の付根をタッピングする方法です。

これもとても簡単。

 

手のひらを少し丸めて、空気を窪みに溜めるようにします。

それで首の付根を3回、音を出すようにして叩きます。

 

右手でも左手でもオッケー。

これで大概のモノは吹き飛びます。

 

当人にはちょっとした応用技もお授けしました。

 

来月、また会えるかもしれませんので、その時に経過をお聞きしたいと思います。

悩む

ここ最近の忙しい日々もようやく落ち着きそうです。

 

たったの数ヶ月ですが、望んでた以上に色々な経験をさせてもらえました。

 

個人的に、何か事を成すときには「タダでは転ばない」つもりでやります。

必ず2つ以上の「何か」を得るつもりで励みます。

 

今回も、スキル習得や価値観など色々習得出来ました。

でも、あともう少し…肝心な部分が腑に落ちない状態。

 

形だけ出来るようになっても意味がないのが密教です。

理論、実践の両輪が揃ってない。

私の中で「納得」がないのです。

 

これでは私の行なう祈祷や供養に「法」が存在しないのも同然ではないか…。

 

暫く悩みます。