真言宗 共生庵

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極私的解釈

真言密教の代表的な思想といえば、即身成仏です。

 

この身の中に仏様が存在し、誰でも仏様と同一の存在に成ることができるということです。

 

誰でも仏様と同一の存在に成れるとはいえ、その為には内にある「仏性(仏様に成るための種)」に気付く必要があります。

 

このように説明すると、かなり宗教的な言い回しになります。

 

そもそも、仏様とは何か。

密教の教主(いわゆる最高神的な存在)は、大日如来です。

大日如来は色んな姿に変化し、その時その時で相応しい姿となって現れます。

とどのつまり、馬頭観音様もお地蔵様も鎮宅霊符神様も元々は大日如来ということです。

 

大日如来は「この世の真理」を形にした存在。

真理は、本来的には1つかもしれませんが、その「1つ」の中には多くの真理が内包されていると思っています。

大きな真理というカテゴリーから、その瞬間ごとに様々な小さな真理が働くという感じでしょうか。

 

例えば、真理を「数学」という学問に置き換えると分かりやすいかもしれません。

数学の中に、沢山の公式が存在しているのと近いイメージです。

数学的問題に対して、必要な公式を用いて解を導く。

それが大日如来と、様々な仏様の働きに似ているように感じます。

 

そして、即身成仏の論でいくと、私たちの身の中には「真理」が存在しているということになります。

 

つまり、この世の真理の中に、自分が「真理として存在」していることを知覚することで、僧侶は悟りへ進み、一般の方々はより良い未来を生きることに繋がると解釈出来ます。

 

踏み込んでいく方は、瞑想や読経などを通じて大きな真理と、内にある小さな真理の一体感を感じる場合もあります。

 

魂の存在には様々な意見はありますが、私は肯定的に見ています。

魂は、身という器の内にある「真理」かもしれません。

「仏性=真理」であるなら、それとこの世の真理を一体化させるのが「仏と成る(つまり成仏)」ということ。

 

真言宗の葬儀は、まさにそれを故人様に知覚してもらい、一体感を感じてもらえるための儀式になっています。

 

「自分は真理の一部なのか」と、気付いてもらえたら、再び大きな真理へスムーズに還ることが出来ます。

 

儀式の内容は、故人様に仏弟子となってもらい、僧侶が実際に受ける最高法儀を受けてもらうという感じです。

 

因みに動物に対しては、少し内容と目的が変わります。