辻に立つお地蔵様を拝んではいけないなど、都市伝説的に語られることがあります。
真相は半分正解、半分デマという感じです。
要は「何の為にそこにいらっしゃるか」をよく見て拝まなければいけないということなのです。
交通事故の起こった場所に「慰霊」の為に、お地蔵様が祀られることがあります。
こういうお地蔵様に「願掛け」などの目的で拝むのはいけません。
また、自ら命を断った方を供養するために祀られているお地蔵様や、故人を弔う為に祀られているお地蔵様なども同様です。
都市伝説的な話で語ると「死者の霊が入るため、願掛けをすると『対価』として命を取られる」といわれます。
これは、有り得るかもしれません。
自ら命を断った場合や、事故の現場などに、お地蔵様に御鎮座頂くことがあります。
そのお地蔵様とともに供養することで、亡くなられた方を間接的に供養します。
そうすることで、この世にとどまった無念が薄まって、成仏出来るようにお地蔵様のお力を借りる訳です。
ただ、お祀りするだけで拝まなければ、ただの「分霊器」になってしまいます。
そこに、亡くなられた方の念が入ってしまうことは、十分に有り得ます。
つまり、そのお地蔵様は、中身はお地蔵様ではないのです。
違う存在になっています。
そんな存在に「◯◯してください」とお願いすると、先述のことも有り得なくないということです。
ただ実際のところ、生きてる存在の方が遥かに魂は強い。
ご加護が働いていることや、ご先祖様の守護があります。
ちょっとやそっとで、滅多なことは起こりません。
補足として…
辻に立つお地蔵様がすべて危ない訳ではありません。
どういういわれでそこに御鎮座されてるか、知った上で拝んだ方が良いということです。
「地域の守護」、「安産」、「五穀豊穣」、「出世」、「慰霊」などなど、様々な得意分野のお力を持ってそこにいらっしゃっいます。
そのお力に合わないお願いをしても、意味がないのです。
魚屋さんに、牛肉をくださいって言ってるようなものです。
餅は餅屋。
得意な方に、得意分野をお任せするイメージです。